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	<title>BLOG - 横須賀考古学会縄文部会</title>
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		<title>再試行</title>

		<description>久しぶりの再開です。
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			<![CDATA[ 久しぶりの再開です。
 ]]>
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		<dc:subject>UNARRANGEMENT</dc:subject>
		
		<dc:date>2020-04-15T15:31:55+09:00</dc:date>
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		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
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		<title>須田英一2014『遺跡保護行政とその担い手』同成社</title>

		<description>　本会員須田さんによる新著が10/14に上梓…</description>
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			<![CDATA[ 　本会員須田さんによる新著が10/14に上梓されました。
<a href=http://www.amazon.co.jp/dp/4886216765 target="_blank">須田英一2014『遺跡保護行政とその担い手』同成社</a>
<blockquote>序章　遺跡保護政策研究の現在
第１部 明治期～昭和戦前期の遺跡保護政策
　第１章　国における文化財行政と遺跡保護の担い手
　第２章　地方における文化財行政と遺跡保護の担い手
第２部 戦後期の遺跡保護政策
　第３章　終戦から1970年代前半の文化財行政と遺跡保護
　第４章　地方における文化財行政と遺跡保護の担い手
　終章　遺跡保護政策研究の課題と展望</blockquote>
　本部会の母体である、横須賀考古学会を創設した赤星直忠氏の業績や、自らの業績について、<a href=http://www.amazon.co.jp/dp/B000J9HQMW target="_blank">『穴の考古学』（1970. 学生社）</a>という自著のある赤星氏と違い、足取りをたどることが困難であった三浦市の文化財保護と浜田勘太氏の業績についても紹介されております。
　柴田常恵の業績を結節点に、太平洋戦争以前までの文部官僚や研究者による施策・制度の事績を紹介、戦後の動向では、横須賀・三浦そして藤沢の埋蔵文化財保護の模索を辿り、神奈川県という一地域における文化財保護法下あるいは”原因者負担”・”周知”などの"慣習法"下における各々の適用例を列挙している点でも、これまでの類書から一歩踏み込んだ労作となっております。 ]]>
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		<dc:subject>告知</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-10-28T20:45:46+09:00</dc:date>
		<dc:creator>yarcha_j</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
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		<title>2014年　横須賀考古学会縄文部会研修旅行報告</title>

		<description>
日程　　　2014年7月25日(金)～7月28日(…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <blockquote>
日程　　　2014年7月25日(金)～7月28日(月)
コース　　7/25(金)：横瀬町郷土資料館～神庭洞窟～橋立岩陰～大滝歴史民俗資料館～妙音寺洞穴付近
7/26(土)：北相木村考古博物館～栃原岩陰～龍岡城～鳥羽山洞穴付近～上田丸子郷土博物館～岩谷堂洞穴
7/27(日)：高山村歴史民俗資料館～湯倉洞穴連絡路～須坂市博物館～石小屋洞穴～長野市博物館
7/28(月)：樋沢遺跡～梨久保遺跡～立石公園～踊場遺跡付近～細久保遺跡～湊公園～岡谷市図書館～岡谷市美術考古博物館
参加者　　野内、鯉渕、内田、川島、横山（以上敬称略）
</blockquote>
今年のテーマのひとつは山間部の洞穴遺跡の湧水環境を含んだ立地と湯倉洞穴・栃原岩陰から出土した草創期の遺物の実見、もうひとつのテーマは諏訪湖に面した押型文土器の標式遺跡の樋沢遺跡・細久保遺跡、中期の標識遺跡である踊場遺跡、梨久保遺跡などの立地環境を比較検討することであった。

第1日目　７月25日(金)
　一同、西武秩父駅で集合し昼食をとった後、横瀬町郷土資料館に向かう。さいたま市立博物館長小倉均さんよりご紹介いただいた、学芸員の深田芳行さんのレクチャーを受ける。そもそも見学に向くのは、冬であると指摘を受ける。尤も、と一同。しかし折角来たのだからと、比較的見学しやすい場所を挙げてもらい、この助言をもとに以後、見学することにした。
　<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/kaniwa1.jpg" alt="神庭洞穴" class="pict" style="float: right;" />　また、この後館内展示を案内していただいた。収蔵する考古資料のなかには、地元出身の深田さん自身が採集したものも含んでいるとのこと。夥しい多量の石鏃。赤玉など地元の石質とおぼしき様相が伺え、当地には寺坂遺跡という打斧製作遺跡が存在する。等々あるのだが、今回の趣旨からは外れるので、ひとまず措く。
　神庭洞窟に向かう。眼前に渓谷を望む崖を張り付くように登り、中腹の洞穴に近づいていく。行き着くまでは蒸し暑かった。が、開口する奥部からとんでもない涼風が吹き出していた。一同やや喰い気味に開口部に吸い込まれていく。だが、この遺跡の調査区は、そこではない。丁度、我々が"順番待ち"していた場所、洞穴の前底部である。<br style="clear: both" /><img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/kaniwa2.jpg" alt="神庭_湧水" class="pict" style="float: left;" />開口部の西方に水の音が聞こえる。青青とし鬱蒼とした苔に湧水が滴り落ちている。こういった水に依って、その"川下"に集ったヒトの痕跡が調査によって検出された態を想起してしまった。
　次に橋立岩陰のある石龍山橋立堂へ。調査区は寺域として囲っているため、ノッチ直下にあることは推定できる程度で、具体的な現況は確認できない。この崖下には鍾乳洞が開口しており、これもついでに見学した。ここで日が傾きつつあり、急ぎ気味に見学したのが、大滝歴史民俗資料館。自然部門と林業のコーナーを主力とした施設。特に考古資料はなし。
　惜しくも下段遺跡を失念して、荒川（旧荒川村立）歴史民俗資料館は通過。これほどに渓谷ばかり接したところから、早期末を想起できず。
　夕日のあたる妙音寺洞穴へ。この洞穴は、下段を更に遡る野島期のもの。高速道路のトンネルの口元が現地とのことであったが、確認できず。一路、佐久へ。
<br style="clear: both" />
第２日目　７月26日(土)
　佐久の宿より北相木村考古博物館へ。学芸員藤森英二さんのお世話になり、館内の主体である栃原岩陰の資料、特に骨角器を実見する。藤森さんからは栃原岩陰の調査独自のレベル別等級での出土状況のレクチャーを受けつつ見学した。（この等級の石器の出土状況の所見は、藤森英二2012「栃原岩陰遺跡の小型剥片石器特に黒曜石製石器について」『佐久考古通信』No.111）
　北相木を離れる前に栃原岩陰を見学。龍岡城へ向かう。
　“五稜郭”龍岡城は、地元の活用の意識が高く、将来、”城内”に所在する学校施設を城の外に移設することを計画中とのことである。
<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/tobayama.jpg" alt="鳥羽山" class="pict" style="float: right;" />昼食した後は、上田市丸子の鳥羽山洞穴を探索。探索するも、藪と川で近づけず。
　上田市立丸子郷土資料館に向かい、洞穴の出土資料を見学するも、曝葬という葬式で遺された古墳時代の遺物の展示に留まっており、縄文期のものは、洞穴の敷石遺構と同時期の集落遺跡である深町遺跡のものが主体であった。この地域は、特に渕之上遺跡の容器形土偶で知られるような、晩期から弥生初頭に移行する時期を語る際に引き合いに出される場所でもある。今回の我々の趣旨からすれば、集落と洞穴のリンクを考えるうえで注目すべき地域といえる。
　同館の展示の情報から、この近くに位置する岩谷堂洞穴へ。先の橋立岩陰のように現況は寺域となっており、前庭部に卵塔が並んでいた。洞穴の背後中腹に寺堂があり、ここからは上田盆地を望むことができた。この日の宿は、須坂市。蒸し暑い夕。<br style="clear: both" />
第３日目　７月27日(日)
<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/yukura.jpg" alt="湯倉へ" class="pict" style="float: left;" />　須坂から高山村歴史民俗資料館へ。生涯学習係の小林麻由美さんのお世話になり、湯倉洞穴の資料を実見。実は豊橋市美術博物館の企画展にて、縄文期の骨角器の大部分を貸し出しており、残ったものを見るに留まる。
　この後、湯倉洞穴現地へ向かう。途中の道が崖崩れで塞がれているが向かう。勿論、現地へは行けなかったが、何気なくクリの木があるような緑深く、水が河川も流路も関係なく染み出し流れる白神山地のような光景を目の当たりにする。こういうのをナラ林文化当時のそれ、というのだろうか。<br style="clear: both" />
<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/ishigoya.jpg" alt="石小屋" class="pict" style="float: right;" />　須坂市博物館に向かい、この近くで昼食をとった後、博物館を見学。石小屋洞穴の出土資料を見学する。
　そして石小屋洞穴現地へ。先の湯倉に比べ、スンナリと現地につく。クマ除けの甲高い鐘をつき、その崖下に開く洞穴を見学。前提部は崖の傾斜が著しい。大岩の下を抉った観となっているのは、洞穴の上を道路を通すため、切り通したがため。神庭のように岩肌の襞の突出部に開口。
　一路、川中島激戦の地八幡原、もとい長野市博物館へ。今回の趣旨たる洞穴の資料はない。近年に至るまで事例の増加する弥生中期～後期の自然堤防域の集落より出土する土器が目立つ。<br style="clear: both" />
縄文期の展示では、江戸坂貝塚出土の彩色のある浅鉢に類似する資料が見受けられた（檀田遺跡）のが印象的であった。同地は千曲川に形成された広大な盆地。見上げると開放される青空が広がっていた。
　長野駅にて、帰路に就く横山会員と別れ、一同は岡谷の宿へ。

第４日目　７月28日(月)
　岡谷市街から、樋沢遺跡へ。塩峰カントリークラブ入口に位置し、道路の切り通した部分が調査されたとみられる。道路を隔て反対側にその尾根に沿って河川が流れている。遺跡そのものはまた遺存しているのかもしれない。
<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/nashiku.jpg" alt="梨久保" class="pict" style="float: left;" />　梨久保遺跡へ移動。樋沢よりやや標高の下った諏訪湖が望める緩斜面半ばに遺跡が存在する。すぐ脇に常源寺沢という水豊かにどうめく沢がある。どうみても扇状地上の遺跡である。同様の立地の遺跡は、諏訪湖を隔てて更に向こうの井戸尻遺跡をはじめとした八ヶ岳麓の遺跡群が著名であるが、ここはやや手狭な差し迫ったかのような扇状地の印象がある。実はこの周辺の同質の地形の場所は、数年前の集中豪雨で鉄砲水が発生したようである。縄文人もそういったリスクを乗り越えて生活を展開したのだろうか。<br style="clear: both" />
<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/hoso.jpg" alt="細久保" class="pict" style="float: right;" />　梨久保から諏訪湖の対岸の諏訪市へ入る。立石公園に向かう峠道の入り口付近の岩陰遺跡の痕跡の周辺に車を止め見学。公園からは先刻の岡谷方面を仰ぎ見る。標高95m。更に公園から元の道を下りその中腹の踊場遺跡付近の宅地集中部へ。現地は特定できなかった。
　その後、更に立石～踊場の尾根の更に背後の山腹へ。細久保遺跡に着く。沢が合流する囲みの緩斜面。笹が密集して土は見えない。が、湯倉のそれを思わせる水気豊かな立地。どことなく樋沢付近の風景と似ているが、どうもこちらの方が標高が高いように思う。<br style="clear: both" />
　元の岡谷市街に戻り、諏訪湖畔の天竜川の注ぎ口、湊公園から、逆に立石～踊場の尾根を望む。すると、宅地化の凝集が顕著であることがわかる。長きにわたって人々が占地したポイントみたいなところだったのかもしれない。
　岡谷市図書館に向かい移築した梨久保遺跡の敷石住居を見学。岡谷駅前に戻り昼食。その後岡谷市美術考古博物館へ。30分では見学もそこそことなり惜しいことをした。なれども海戸遺跡出土の人面把手付土器、また器を抱く土偶もはからずも見ることができた。これは再来を期して撤収。今回の見学旅行の帰路についた。
　筆者としては、一度に見学するには、時間がなかった。横瀬町や岡谷市などは、今後期間を分けて再見するべき場所のような気がする。もっとも。各自個々で行くという選択もまたあるが。（文責　内田） ]]>
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		<dc:subject>例会</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-09-27T01:05:34+09:00</dc:date>
		<dc:creator>yarcha_j</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
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		<title>研究会情報</title>

		<description>関西縄文文化研究会2014年8月例会のご案内…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 関西縄文文化研究会2014年8月例会のご案内


■ 日時　　2014年8月30日（土）10：00～17：00（12：30開場）
■ 場所    
午前：豊橋市美術博物館　2階常設展示室1
愛知県豊橋市今橋町３−１（豊橋市電豊橋公園前駅より徒歩3分）
地図　http://www.toyohashi-bihaku.jp/?page_id=96
午後：豊橋市文化財センター　2階会議室　電話0532-56-6060
豊橋市松葉町三丁目１（こども未来館「ここにこ」隣）、JR豊橋駅より徒歩15分
地図　http://www.toyohaku.gr.jp/bihaku/bunkazai/tcpc.html

■ 資料代　100円（当日、受付にて申し受けます）

■ 事前申し込み不要

■ プログラム
10:00～11:00　豊橋市美術博物館にて「嵩山蛇穴と縄文のはじまり」展を見学
　　　　　　　※美術博物館の開館時刻は9:00
11:00～12:00　展示解説  村上 昇さん（豊橋市教育委員会）
12:00～13:00　昼食をとりつつ、文化財センターへ移動
13:00～15:15　遺物見学（内田貝塚など）※企画展示「縄文時代の食卓」開催中
15:30～16:30  研究発表　畑山智史さん（埼玉大学大学院）
「嵩山蛇穴の動物遺存体同定と貝の成長線分析について」
16:30～17:00  研究大会概要（矢野健一）、データベース作成経過報告(中村大さん）、事務連絡、後片付けなど
＊17:30～、会場付近で懇親会予定

■　注意事項
・お車でおこしの方は、あらかじめ豊橋市文化財センター・村上までご一報下さい。美術博物館では来館者用の有料駐車場もしくは豊橋公園内の無料駐車場がご利用いただけますが、文化財センターには来館者用の駐車場はございません。
・文化財センターで合流される方はお越しの際1階受付でその旨、お申し出下さい。2階は普段、自由に立ち入ることはできません。
■　問い合わせ先
    上峯篤史（日本学術振興会）　a.uemine＠gmail.com
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		<dc:subject>研究会情報</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-08-15T20:40:03+09:00</dc:date>
		<dc:creator>yarcha_j</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry8.html">
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		<title>各地研究会情報</title>

		<description>☆第25回　中四国縄文研究会
日時：２０１…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ ☆<span style="font-weight:bold;">第25回　中四国縄文研究会</span>
日時：２０１４年７月５日（土）・６日（日）
会場：徳島大学総合科学部３号館１階東端スタジオ
（徳島市南常三島町１−１）

＜ 第１ 日目＞
７ 月５ 日（ 土）
12：00～
受付開始
13：00～13：10
開会
研究会代表挨拶・趣意説明
13：10～13：40
東部瀬戸内地域における縄文時代晩期後葉の歴史像
中村
豊
13：40～14：10
山陰地方の突帯文土器と縄文時代終末期の様相
濵田竜彦
14：10〜14：20
−休憩−
14：20〜14：50
中部瀬戸内北岸地域における縄文時代晩期後葉
山口雄治
14：50～15：20
中部瀬戸内南岸における縄文晩期農耕の様態
信里芳紀
15：20～15：30
−休憩−
15：30～16：00
西部瀬戸内における縄文時代晩期の様相
矢部俊一
16：00～16：30
関門周辺地域における縄文晩期後葉文化の様相
小南裕一
16：30〜17：00
南四国における縄文晩期後葉の歴史像
出原恵三
17：00～17：30
【各県の近況報告・事務連絡】
18：30～
＜懇親会＞
会場：ホテルグランドパレス徳島１階レストラン
（徳島市寺島本町西1-60-1）088−626−1111

＜ 第２ 日目＞
７ 月６ 日（ 日）
8：30～
受付開始
9：00～9：30
レプリカ法からみた縄文時代晩期の栽培植物
中沢道彦
9：30～10：00
徳島市三谷遺跡出土の動物遺存体からみた縄文時代晩期後葉の生業
丸山真史
10：00～10：10
休憩
10：10～10：40
縄文時代晩期後葉の骨角器について
—徳島市三谷遺跡出土資料の分析から—
川添和暁
10：40～11：00
－休憩－
11：00～12：00
【討論】「中四国地域における縄文晩期後葉」司会：山本悦世
12：00
閉会
研究会代表挨拶
12：10～
＜世話役会＞

☆<span style="font-weight:bold;">東海縄文研究会・第４回例会＠名古屋大学</span>
7/12　13:00～17:30　同大学文学研究科127講義室
咲畑式とその周辺
　中期後半土器型式の解体・再構築を模索しつつ、社会像に迫る。
13:10 「土器の地域的特色の把握について考える
－咲畑式･里木Ⅱ式･北白川Ｃ式を素材にして－」冨井眞
15:20 「咲畑式とその前後」春日井恒

 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>研究会情報</dc:subject>
		
		<dc:date>2014-06-21T20:48:50+09:00</dc:date>
		<dc:creator>yarcha_j</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry7.html">
		<link>https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry7.html</link>
		
				
		<title>来期課題提案についての記録</title>

		<description>-</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ - ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-11-03T16:44:39+09:00</dc:date>
		<dc:creator>-</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry6.html">
		<link>https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry6.html</link>
		
				
		<title>渥美半島～富山県縦断旅行</title>

		<description>-</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ - ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-09-23T11:14:09+09:00</dc:date>
		<dc:creator>-</dc:creator>
		<dc:publisher>WOX</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry5.html">
		<link>https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry5.html</link>
		
				
		<title>2013年夏季研修旅行</title>

		<description>2013年　横須賀考古学会縄文部会研修旅行…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 2013年　横須賀考古学会縄文部会研修旅行報告
　－伊勢湾最奥の貝塚と美濃・飛騨の洞穴・集落遺跡巡検－
日程　　　2013年8月31日(土)～9月2日(月)
コース　　岐阜県海津市→関・各務原→山県・郡上八幡・下呂・高山→飛騨市
参加者　　野内、剱持、須田、鯉渕、内田、川島(全行程)
中村（第1日目のみ）
（以上敬称略）

今年のテーマは貝塚と洞穴、大規模集落である。岐阜県唯一の貝塚である伊勢湾最奥の羽沢、庭田貝塚の見学から始まり、岐阜県の洞穴遺跡、中期後半の大規模集落、奥飛騨の石棒製作址である塩屋金清神社遺跡と岐阜県を南から北へ縦断して富山県境付近まで達するコースである。また、当該地域は東日本、西日本、信州、東海地方、北陸地方などの影響を受けた土器が混在し、文化の緩衝地帯として興味深いフィールドでもある。
 ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>例会</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-09-23T10:49:48+09:00</dc:date>
		<dc:creator>-</dc:creator>
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	</item>
	<item rdf:about="https://ykarcha-jm.web.wox.cc/blog/entry4.html">
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		<title>６月例会『早期後半～末葉の東海系土器群について－その２』</title>

		<description>-</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ - ]]>
		</content:encoded>
		<dc:subject>-</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-06-16T21:15:35+09:00</dc:date>
		<dc:creator>-</dc:creator>
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		<title>いわき行＋山形行</title>

		<description>日程：2013-05-18～2013-05-19
【第一日…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ 日程：2013-05-18～2013-05-19
【第一日】
参加者：鯉渕会員, 川島会員, 内田
場所：<a href="http://www.iwaki-koukoshiryoukan.jp" target="_blank">いわき市考古資料館</a>
・企画展「いわきの貝塚～未来へのメッセージ～」（2013-04-17～2013-08-25）を見学<img src="https://wox.cc/user/yarcha_j/o/iwaki_kikaku2013smr.jpg" alt="ポスター" class="pict" />
　・片寄貝塚と森戸（もんじょ）貝塚
　　→綱取１・２（ローマ数字）期に競合し地理的に正対する貝塚
　・西郷貝塚と長孫貝塚
　　→長孫－は河床に散布。分布上ひとつなぎの貝塚か？ほぼ同時期
　・松林貝塚と梅林貝塚
　　→大越貝塚という同じ呼称であった貝塚。時期が異なる。
　・U字状釣針
　　→大畑貝塚(製作のステップが追認できる諸例が出土),台ノ上貝塚(大畑E区のものと酷似), 松林貝塚
　・弘源寺貝塚
　　→ヤマトシジミを汽水とみなすか、淡水とみなすか、ラグーンの存在ははたして？
・常設展示を見学
　・番匠地遺跡
　　→すのこ状の木材が出土。すのこにトチノミ
　・大畑貝塚
　　→パネルに貝層上面の石棒,シカの頭骨,アワビなどの散布域検出状況が。
　　※東京都北区西ヶ原貝塚（都史跡再指定調査時）の晩期安行の土坑に落角後の頭骨を生けた事例が存在。
　　※2012年度の横浜歴史博物館企画展の三殿台遺跡の記録写真に306号住柱穴内貝層下底位に、円礫と鹿角加工品が出土している。この住居は弥生中期であるが、いかにも縄文的な意匠ではないか？
　　→剥ぎ取りにみる貝層は三浦半島,横浜方面を見慣れた会員にとっては混土率（混砂率？）が高く映る
　・貝
　　→岩礁系、巻貝が多く、外洋に面しているため、ダンベイキサゴがみられる
・13:30より山崎京美先生（いわき短期大学）の講演「貝塚調査で分かったこと」を拝聴
　・獣骨、特にイノシシの検討
　　・異なる緯度の上に横たわり、かつ縄文時代以降絶海となる日本列島は動物地理学的に特色をもつとされている
　　・イノシシ：本州と稀に韓国にニホンイノシシ, 沖縄の固有種リュウキュウイノシシ（ニホン－より小型）
　　・島嶼地でイノシシ遺存体の検討
　　　→伊豆大島：下高洞A(早期), 下高洞D(後期～弥生期), 龍の口(中期)
　　　→八丈島：倉輪(前期)
　　　→以上、伊豆諸島のものはリュウキュウイノシシに近い小型のもの
　　　→下高洞Aは頭骨。脳食はないことに注目
　　　→下高洞Dは穿孔した牙。北海道の後晩期に多く出土するものもこの素材か
　　　→但し北海道の例では墓から出土→送りの供物か
　・家畜化
　　・食肉のための家畜化と儀礼の供物としての家畜化
　　・イヌは、食肉よりも労働力として
　　　・いわきでも骨折したイヌを癒着するまで面倒を見、埋葬した例が出土。
　　・ドメスティケーションという視点
　（※儀礼にも共食するという儀礼もあるとすれば、これは食肉している、ということにはなるが。。）
・別棟にて、整理中の資料を見学
　・薄磯貝塚"7層"の動物遺存体を主体とする遺物
　　・クジラ,イルカ？など海獣骨
　　・ブダイ,マダイなど魚骨
　　・シカ,鹿角の角座,イノシシなど獣骨（焼けているものが多い）
　　・鳥骨も
　　・土器は僅少（大洞か？）
・２F整理作業室にて職員の皆様のお計らいで人工遺物を拝見させていただく
　・今回調査区は二次堆積で最下層が弥生期の層
　・７層の人工遺物
　　・玉（北海道上磯郡知内町湯の里４遺跡の土坑出土物を想起）
　　・タブレット（良質のシルトの表面に線刻。抽象的なものが大勢だが、区画＋充填の構成をもつものも）
※二次堆積の要因は未解明とのこと。こちらの地元で二次堆積の調査例というと、田戸遺跡（1993年調査。市報告第4集(1994.12)）の2層（ローマ数字）があり、このケースはプライマリーな3層（ローマ数字）との遺物の帰属や、関東大震災の文献記述などから幾ばくかの把握がなされたものである。
※資料見学に際しましては、館長の樫村さん、整理作業を担当されておられる松嶋さん、竹田さん、千田さんにお世話になりました。ありがとうございます。

【第二日】
参加者：野内会員, 鯉渕会員, 川島会員, 内田
場所：山形県立うきたむ風土記の丘考古資料館→高畠町郷土資料館→大立洞穴→日向洞穴→火箱岩洞穴→一の沢洞穴
・うきたむ風土記の丘
　・高畠町押出遺跡
　　・前期の土器：諸磯ｂ様のものもあれば、"お魚土器"のようなものも。
　　・掻器,石錐,石鏃,薄片が凝集して出土
　　・玦状耳飾
　　・住居復元(15号住居)
　　　・根太を敷いた状態で出土(パネル)
　　　・打たれた杭が住居のプランを構成している(パネル)
　・米沢市台ノ上遺跡
　　・大木8a,8b,9が林立
　・高畠町郷土資料館
　　・日向洞穴・火箱岩洞穴
　　　・土器より石器資料が充実
　　・石ヶ森遺跡
　　　・後期土器群
　・大立洞穴
　　・手前に祠と洞穴？（別箇のもの）
　　・岩をくりぬいた切通しをぬけた山腹に開口。内部から湧水とカエルの鳴き声が反響
　　・洞穴の目前は、耕地と田んぼ、湿地帯
　・日向洞穴
　　・東南から北西に伸びる尾根の南裾に複数開口する洞穴
　　・切り立った中腹にある洞穴のイメージを覆すもの
　　　・一部報告の出された西地区はその目前の緩斜面（平坦地）に位置するとされる
　・火箱岩洞穴
　　・果樹のハウスの抜けた背後を更に徒歩にて進む
　　・水量の乏しいせせらぎがありここからカエルの声。せせらぎを逆流し登る
　　・急峻な崖面に上下2箇所に開口。とはいえ、縦のクラックが著しい
　・一の沢洞穴
　　・前三者とはやや離れたところにあり、むしろ高畠町郷土資料館のはるか背後にあたる
　　・せせらぎ、というより立派な沢がありこれを渡って尾根裾を登る
　　・前三者とことなり、急峻な崖面の土手っ腹にまさに亜円形の穴が開いていた ]]>
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		<dc:subject>UNARRANGEMENT</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-05-28T09:36:19+09:00</dc:date>
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		<title>市史・通史篇にて展開した&quot;分布論&quot;に関連して</title>

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		<dc:date>2013-05-04T11:27:38+09:00</dc:date>
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		<title>4月例会「戦前期日本考古学の土器型式論・層位論（松本彦七郎と長谷部言人）」その１土器型式論</title>

		<description>・日時：４月12日
・松本彦七郎1919「日…</description>
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			<![CDATA[ ・日時：４月12日
・松本彦七郎1919「日本先史土器論」『歴史と地理』3巻2号から松本の"形式"分類の手法を読み取る試み。
・層位論については、次回発表分とのこと。
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		<dc:subject>例会</dc:subject>
		
		<dc:date>2013-04-29T18:56:00+09:00</dc:date>
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